高塔山伝説 

その昔、ギターを持つと不良だといわれた時代…。練習スタジオなど皆無で、ライブハウスも存在しない時代。ふもとの民家に一升瓶ひとつで機材の保管をお願いして、セミの鳴く暑い夏の日も、小雪舞う凍えるような冬の日も、毎日毎日リハーサルを繰り返す高校生のバンドがいた。その名は「バラ族」。彼らはここでオレ達「NEW DOBB」と出会い、日本の重鎮シーナ&鮎川 誠氏とも出会った。やがて彼らも成長を遂げ、日本のカリスマ「The Roosters」となった。

 北九州から全国へ 

2004年東京下北沢、シーナ&ロケッツとルースターズの打ち上げ会場で、シーナさんのつぶやいたひと言『高塔山でロックがしたい』。そして地元北九州、当時クロスFMで番組制作をしていたHIDE(現プロデューサー)とその実兄へとかかった電話。これをきっかけに地元音楽関係者が集結。シーナ&ロケッツをホストに元ルースターズのメンバーを中心とした『高塔山ジャム』がスタート。2015年シーナさん追悼開催までの12年間開催された。

そして2017年、新たに9月17日(日)・18日(月・祝)、北九州市と連携し、強固な組織を擁立することを前提に、進化した継続開催に向け『高塔山ロックフェス』始動。

<高塔山ロックフェス実行委員会>
実行委員長 吉村企右
総合プロデューサー 倉掛“HIDE”英彰(ミーナ&ザ・グライダー、元高塔山ジャム実行委員長(~2010まで))
理事 林 和義、小田裕昭、別役法尚(海その愛)

<高塔山ロックフェス制作委員会>
運営委員長 七田弘輝
事業委員長 岩田博文
制作委員長 ハリケーン五十嵐(NEO FANTASTIC)
WEB委員  中倉 陽(有限会社 サンハウス)
コーディネーター 原田健二郎(北九州響団)他

 北九ロック 

 

ロック・ミュージックの誕生、ビートルズに続いてのストーンズデビュー。そんな1963年に『北九州市』が産声をあげた。これこそ街とロックの歴史がシンクロしてしまう私なりの理由だ。
当時の北九州は日本有数の工業地帯。経済と文化は栄え、多くの文豪を輩出、昭和を彩った俳優や歌手も次々と大成していく中、大型キャバレーやダンスホールに全国からバンドマン達の集まる街。
そして『シーナ』さんは石炭の積み出し港として栄えた『若松』に生まれ、洞海湾に浮かぶ大きな外国船を見て育ち、世界を夢見てロックミュージックに傾倒していったそうだ。
70年代、我々の世代はラジオが主役。次々と流れ出す洋楽のニュアンスに、遠い世界を感じながらギターを手にし、80年代福岡めんたいロック・ムーヴメントの導火線『ルースターズ』。その昔、彼ら『バラ族』にギターとして参加した時のエピソード、『サンハウス』の背中を追いかけた場所『高塔山音楽堂』こそが夢そのものだった。
『聖地・高塔山物語』そして『北九ロック』は、そんな私の実体験から始まった。『音楽は永遠の宝物』『夢は無限』これを伝えることこそが真の文化振興であると信じている。『北九州から全国へ』これが第一歩だ。

高塔山ロックフェス プロデューサー HIDE(ミーナ&ザ・グライダー)